子育て中歯科医の雑記帳

30代前半の歯科医師です。2歳ほどの息子の育児中。育児情報・お出かけ・美容ダイエット・歯について。

小沢健二ライブレポ・あの日から魔法が解けない

先月31日にYouTubeにて小沢健二のMVが新たに公開されていたのを、先日偶然みつけた。

後から公式HPでの発表に気づく。

video | 小沢健二 Ozawa Kenji 魔法的字幕x3

私は幼いころから小沢健二の音楽が好きで、フリッパーズギターの頃からと考えるとだいぶ長い付き合いになる。未だ現役で使っているiPodから「小沢健二」の文字が消えたことはない。

2000年頃よりメディア露出が激減し、新譜も出ず、最近ようやく日本で目立つ活動をしてくれるように。これはチャンスと、2016年、妊娠中にライブ「魔法的 Gターr ベasス Dラms キーeyズ」へ、2018年「春の空気に虹をかけ」を観賞しに行った。

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小沢健二の何が好きかといえば、本当にうまく言えないのだけど、攻撃性のなさ。小沢健二の選ぶ言葉は傷ついたこと・絶望したことのある人が使う言葉だと思う。

人は傷つくと心が濁っていく。斜に構えることを覚え、自分を守るために攻撃性が増す、声が大きくなる(物理的にも心理的にも)、無気力になり諦める、などの現象が起こる。そのはずなのに、歌の中の小沢健二はいつもクリアで、王子様で、ヒーローだ。いつでも優しく、美しく、輝いている。「本当に同じ世界に住んでいるんだよね?」と不思議に思う。

ある光

ある光

  • provided courtesy of iTunes

 1998年「春にして君を想う」以降の新曲「流動体について」「フクロウの声が聞こえる」は、今までの小沢健二から一新した世界観を持つ、素晴らしい楽曲になっている(「アルペジオ」はあまり聞いていないので触れません)。もちろん今までの小沢健二もものすごく好きで「聞けば涙がとまらない…」という曲も多いのだが、この2曲は昔の良さを残しつつも明らかに一線を画すものだと感じる。

歌詞の一部を抜粋すると例えば

「もしも間違いに気づくことがなかったのなら? 平行する世界の毎日 子供たちも違う子たちか」

「晩御飯の後 パパが『散歩に行こう』って言い出すと」

など、この2曲からは子どもの存在を強く感じる。小沢健二ももう父親なんだなぁと改めて感じさせられる歌詞である。

そして、考えてみればなんと自分も母親になっている。そういえば自分の結婚式でも「愛し愛されて生きるのさ」を使った。年を取ったのはお互い様だ。

愛し愛されて生きるのさ

愛し愛されて生きるのさ

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 年をとっても心に響くのが小沢健二である。日々うんざりするほど育児をしているわけだが、その日々の中で私は息子から「心から優しさだけがあふれてくる」瞬間をもらっている。ふたりで「薫る風を切って公園を通る 汗をかき春の土を踏む」ときの暖かな気持ちを知っている。

反面、毎日にうんざりする気持ちも本当で、逃げ出したくなる日も多い。育児に随伴する様々なことが辛くて、もう何度泣いたかわからない。

しかしこの日々は永遠ではない。

手を繋いで歩く平和な空気、一緒に電車を眺める時間、抱っこした時の重さと体温、一緒にお昼寝する時の幸せそうな寝顔、目が合っただけで、かけてきて抱きついてくる時の満面の笑顔、ママ、ママと呼ぶうるさいけど可愛い声。

信じられないことに、そのすべてがいつか終わる。だから嫌になるほど続く毎日だと思いつつも、「本当はわかってる 二度と戻らない美しい日にいると そしていつか心は離れていくと」。

終わったときにきっと、息子の何もかもが恋しく思い出されるんだと思う。その時にはきっと辛かったことも、今思えば大したことじゃなかったよねと、笑い話のようになっている気がする。小沢健二が「いつか全ては優しさの中へ消えてゆく」と表現するように。

※「 」内は以下の楽曲の歌詞より引用

さよならなんて云えないよ

さよならなんて云えないよ

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流れ星ビバップ

流れ星ビバップ

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 小沢健二は上記ライブの最後に必ず「日常に帰ろう」と言う。「本当に同じ世界に住んでいるんだよね?」という美しい世界観の曲たちを聞いて、魔法的なライブの時間を過ごして、最後にこのセリフである。日常はオザケンの曲のようにそう優しく美しいことばかりではないと、改めて気づかされる瞬間なのだけど、個人的には「フクロウの声が聞こえる」という曲が、小沢健二のライブ空間と日常、この両者を結ぶ。

本当と虚構、混沌と秩序、絶望と希望、孤高と共働、残酷さと慈悲、あとベーコンといちごジャムが、一緒にある世界の扉を「はじまり、はじまり」と開く曲。ライブの最初に聞くと「ライブの始まり」を、ライブの最後にアンコールで聞くと「日常の始まり」を感じる(この曲は実際ライブ中に複数回演奏されることがある)。

 この曲は、共にあることが叶わない両者が実はすごく近いところにあって(朝食の食卓に共に並びがちなベーコンといちごジャムのように)、それらが共にあることは実はそんなに難しくないことだったりする、不可能に思えることも捉えかた次第で可能だったりするっていう、希望に満ちた歌だと思う(全然違ったら恥ずかしい)。「だから恐れずに生きろ」と、自分の子どもに向けた歌かなと。

 

そんなことを考えながら、今改めて思う。

ライブをみたあの日から魔法が解けない。それは小沢健二の持つ美しい世界を、私の日常に反映させて、なるべく優しい気持ちで生きていけるようになる、虹のような素敵な魔法。