子育て中歯科医の雑記帳

30代前半の歯科医師です。2歳ほどの息子の育児中。育児情報・お出かけ・美容ダイエット・歯について。

母親という記号

今週のお題「おかあさん」

 

私は2016年3月に妊娠し、同年の秋に出産した。息子は現在一歳半ほどである。

 

出産してからの生活はそれまでのものから激変した。

妊娠中に「たまごクラブ」などといったオーソドックスな雑誌、育児本を購入し読んではいたものの、赤子との生活は想像以上に大変で、私は心身ともに疲弊しきってしまった。

出産により「母親の私」が強制的に生まれ、それと同時にそれまでの「働く私」「酒を飲む私」「友達と遊ぶ私」などが全て死んだ。そんな気分であった。産前に雑誌で見たキラキラ育児生活とは程遠いのである。

 

自身が「おかあさん」になる以前、私は母親というものを表面的にしか捉えられていなかった。「なんだかんだで子どもに無償の愛を注ぐ生き物」くらいの認識である。それは当たっているようで、外れている。というのも、母親になればホルモンなどの都合で自動的にそのような思考になるものだと思っていたのだ。当たり前だが、実際はそんなに都合よくいかなかった。私に限り言えば、特に新生児期は何度「このまま一生寝ていてくれないかな」「もう起きなくて良いのに」「もう無理、誰か助けて」と思ったか分からない。無償の愛とはほど遠い気持ちでいた。

親の、我が子への虐待のニュースの見方も変わった。以前は「そんなことするくらいなら産まなければ良かったのに」と思っていたのだが、今は子どもの保護者に対して「ああ、やっちゃったな。寝れていなかったのかな。頼れる人はいなかったのかな」など、やや同情的な気持ちさえ湧く。もちろん、どんな事情があっても虐待は許されるものではないが。

「産まなければ良かったのに」「好きで産んだんでしょ?」は、大変に乱暴で思いやりや想像力に欠ける発言である。正直、子を産む前にはそこまでの覚悟ができないのが普通だと思う。あの地獄の日々を客観的に捉えた媒体があまりにも少なく、目にする機会に乏しいからだ。なので私は今後、ブログ内にてゲンナリ育児生活の実態を記録したいと考えているくらいである。

 

ギリギリで生きていたいわけでもないのに、毎日そんな綱渡りのような気持ちでここまで育児をしてきて、傍目から見れば、どうやら私は「もうすっかりおかあさんの顔」をしているらしい。まったくそんな自覚はないのに。本当はいつでも、1人でゆっくりご飯を食べて、本屋さんをブラブラして、お風呂に入って、お酒を飲んで好きなタイミングで寝て、寝坊をしたいのに。そんな他者から与えられる「おかあさん」の称号を得て、私は今日も不思議な気持ちで育児をする。